申し送りのあと、記録を書こうとして手が止まる時間があります。言われたことは覚えているのに、どんな言い方だったかは残っていない。「痛みが強い」と聞いたのか、「昨日より痛みが強い」と聞いたのか。確かめる相手はもう次の業務に入っています。
ですが、その場の音が残っていれば、確かめる相手は自分の記録だけで済みます。
この記事は職業別シリーズの5回目です。録音や文字起こしの使い方そのものは第4話までに書いたので、ここでは看護の現場に固有の事情だけを扱います。
手が速い人でも、取りこぼすものがあります
速さで比べると、この道具は分が悪くなります。
記録は手で打ったほうが早い、という声があります。実際そのとおりで、慣れた人の入力は速い。ただ、それはその人の速度を基準にした話です。速く打てる人でも、打てるのは自分が聞き取って要約した内容だけです。
取りこぼされるのは、要約する前の部分です。患者さんが選んだ言葉、言いよどんだ間、家族が横から足した一言。書こうとしていない情報は、書く速さとは関係なく残りません。
たとえば「痛い」と「重い感じがする」は、記録の上ではどちらも症状ですが、次に読む人が受け取るものは違います。伝聞のかたちで丸めた瞬間にその差は消えます。音が残っていれば、迷ったときにその場面だけ聞き直せます。専門用語や薬剤の名前が変換で崩れる問題は、単語登録の記事の方法で先に減らせます。
先輩の判断の理由が、あとから聞けます
記録の相手は、書類だけではありません。
経験のある人ほど、結論だけを短く言います。なぜその順番なのか、なぜ今日は様子を見るのか。理由の部分は省略されるのが普通で、その場で聞き返せる雰囲気とも限りません。
音が残っていれば、その日のうちに聞き直せます。腑に落ちたところだけをメモに落としておけば、半年後に同じ場面で、結論ではなく判断の理由のほうを思い出せます。これは相手を管理するための記録ではなく、教わる側が自分のために残す記録です。
混ざった要約は、元の音に戻れば直せます
ここが看護の現場でいちばん注意が要るところだと考えています。
申し送りの途中で、別の患者さんの話が横から入ることがあります。要約は録音全体をひとつながりの話として処理するので、割り込んだ内容も同じ流れの中にまとめられます。結果として、Aさんの記録の中にBさんの情報が入り込みます。
やっかいなのは、話者を分ける機能では防げないことです。話者分離は「誰がしゃべったか」を分ける仕組みですが、ここで起きているのは同じ人が別の患者さんの話を始めるという事態です。話者は変わらないので、分離では検出されません。
対処は難しくありません。
- 話題が変わったら、いったん録音を止める
- 患者さんごとに分けて録る
- 要約をそのまま使わず、患者さんに関わる部分は文字起こしに戻って確かめる
要約のどこを疑うべきかは要約の直し方の記事にまとめました。あとから探せる形にする方法は整理の記事にあります。
使う前に、施設のルールを確かめてください
院内は、エリアごとに使用ルールが決まっています。
電波環境協議会の「医療機関における携帯電話等の使用に関する指針」(平成26年8月19日・有識者や医療関係団体、総務省、厚生労働省等の検討を経たもの)に考え方が示されています。
指針は「各医療機関におけるルールは、エリアごとに設定する必要がある」としたうえで、エリアごとの考え方を並べています。手術室、集中治療室(ICU等)、検査室、治療室等については、こう書かれています。
このエリアで使用されている医用電気機器には、生命維持管理装置など、万が一影響が発生した場合のリスクが非常に大きいものが多くあることから、携帯電話端末の使用は原則として禁止すべきである。また、携帯電話端末は待ち受けの状態でも電波を発することがあるため、必ず電源を切る(または電波を発射しないモードとする)こと。
病室や診察室は、離隔距離(目安は1m程度)などの条件つきで使用可能とすることができる、という整理です。
携帯電話以外の機器についても記載があります。 「携帯電話端末以外の無線通信機器の使用」の項では、RFID・ZigBee・Bluetooth等について「医用電気機器への影響について確認を行うこと」とされています。スマートフォンと接続して使う機器は、ここに当てはまります。
つまり、持ち込めるかどうかは施設が決めていることです。導入を考えるなら、自分の施設のルールの確認が先になります。
そのうえで、もうひとつ確かめておくことがあります。Plaud Note Pro には、電源を切る機能がありません。
公式ヘルプの説明はこうです。「電源を切れるのは Plaud Note のみです。Plaud Note Pro、Plaud NotePin、Plaud NotePin S には電源を切る機能がなく、Plaud アプリにもこれらのデバイス向けの電源オフや自動電源オフの設定はありません」。使っていないときは自動的に待機モードに入るので電源を切る必要はない、という考え方です。
一方で指針は、使用が制限されるエリアについては電源を切ることを求めています。制限のあるエリアでは、この2つは噛み合いません。
答えは単純で、そういうエリアには持ち込まないことです。ポケットに入れたまま入ってしまう可能性を残すより、区切りのいい場所に置いていくほうが確実です。持ち込む場所と置いていく場所を最初に決めておけば、その都度の判断は要らなくなります。
患者さんの名前は、音に乗せない
メーカー側も、この点を明記しています。
Plaudの公式ヘルプに、患者情報の扱いだけを扱ったページがあります。要点はこうです。
いいえ。Plaudは、録音で話された患者を特定できる情報(氏名、生年月日、カルテ番号など)を、AIモデルによる処理の前に自動的にマスキングまたは削除することはありません。
自動では消えない、ということです。同じページに、公式の推奨も3つ載っています。
- 可能な限りPHI・PIIを話さない(「患者A」のようなプレースホルダーを使用)
- 匿名化が必要な場合は、AI機能を使用する前に識別子を削除する
- コンプライアンス上の要件(医療ポリシーなど)がある場合は、録音をアップロードまたは処理する前に確認する
ひとつ目は、前の章の混ざり対策にもなります。「患者A」と口に出しておけば、誰の話かが音の中に残るので、要約が取り違えにくくなります。
データの扱いについては、サードパーティのAIに渡る分は結果の生成のためだけに転送されて処理後にすぐ削除される、モデルの学習には使わない、と説明されています。保存先や暗号化はセキュリティの記事にまとめました。
まとめ
- 速さで比べると分が悪い。ただし手が速い人でも、要約する前の情報は残せない
- 先輩の判断の理由を、教わる側が自分のために残せる
- ★話題が混ざると要約がズレる。話者分離では防げない。話題が変わったら止める・患者さんごとに分ける・要約を鵜呑みにしない
- ★院内はエリアごとにルールがある。指針では手術室・ICU・検査室・治療室等は原則禁止とされ、Bluetooth機器も確認の対象
- ★Note Proには電源を切る機能がない(公式)。制限のあるエリアには持ち込まず、置いていく。場所を先に決めておけば毎回迷わない
- ★患者さんを特定できる情報は自動では消えない。「患者A」のような言い方を先に決めておく
医療の分野にAIの技術が次々と入ってきている一方で、現場のやり方はそれほど変わっていないように見えます。全部を一度に変える必要はありません。申し送りのあとの5分から始めて、それが積み上がったときに何が変わるかを見てみる。そのくらいの入り方でいいと思います。

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参考文献
- 電波環境協議会「医療機関における携帯電話等の使用に関する指針」(平成26年8月19日) https://www.emcc-info.net/medical_emc/pubcom2/2608_1.pdf (2026年9月3日確認)
- 総務省 電波利用ポータル「医療機関における携帯電話等の使用に関する指針(電波環境協議会)」 https://www.tele.soumu.go.jp/j/sys/ele/medical/hospital/ (2026年9月3日確認)
- Plaud公式ヘルプ「Plaud は AI を使用する前に、患者を特定できる情報を自動的にマスキング/削除しますか?」 https://support.plaud.ai/hc/ja/articles/53443476408985 (2026年9月3日確認)
本記事は指針とメーカーの公開情報にもとづく一般的な整理です。院内での使用の可否、記録の取り扱い、患者さんへの説明については、所属する施設の取り決めをご確認ください。

